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舞殿の彫刻「東面 右の彫刻」

舞殿の彫刻「東面 右の彫刻」

今回から、舞殿を飾る24の親孝行の物語をお話しします。各回2話ずつで、今回は上段「桑の実を摘んで母にあげる」、下段の「官職を捨てて母を訪ねる」をお話しします。

「桑の実を摘んで母にあげる」

中国漢の時代、世の中が大変乱れ、盗賊が横行していた頃、汝南に蔡順(さいじゅん)と言う人が住んでいました。彼は小さいときに父を亡くし、母親に孝行を尽くしていました。

ある日、郊外に桑の実を採りに出かけ、採った実を赤い実と黒い実に分け、2つの篭に分けて入れていると、そこに盗賊が現れました。

盗賊は彼の行動を不思議に思い、なぜ2つに分けるのか問いただしました。すると彼は、「熟して黒く甘い方の実は母にあげる分で、赤い酸っぱいのは自分が食べるんです。」と答えました。

それを聞いた盗賊は順の孝心に感心して、物を盗るどころか、逆に米や肉を与えて立ち去ったといわれます。

~彫刻(上段)は、蔡順が盗賊の問いに答えているところです。~

「官職を捨てて母を訪ねる」

宋の時代 楊州に、朱寿昌(しゅじゅしょう)と言う官吏がおりました。彼の父は擁州の長官でしたが、彼がまだ幼いとき、母と生き別れさせられました。

1人前になってからはいつも母のことを気にかけ、どこにいっても母を捜しましたが見つけだせず、探し初めて50年を過ぎた頃、ついにその職を辞して母探しの旅に出ました。

尋ね歩いて疲れ果て、道ばたに倒れた彼を見て、通りかかりの旅人が介抱してくれました。その旅人に問われるまま、旅の理由を語りだすと、突然彼を囲んでいた群衆の中から1人の白髪の老婆が駆け寄りました。その人こそ、長年探し求めていた母親でした。

こうしてついに、彼は母と再会を果たすことが出来ました。

~彫刻(下段)は、寿昌が母を訪ね歩いているところです。~

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