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舞殿の彫刻「東面 中央の彫刻」

舞殿の彫刻「東面 中央の彫刻」

前回より始まりました、舞殿を飾る24の親孝行の物語。第2回の今回は、東面(授与所側)中央の上段「知事を辞して父の看病に専心する」、下段の「母への孝養を怠らず」をお話しします。

「知事を辞して父の看病に専心する」

中国 南斉の時代のお話です。大変な努力により官につき、県知事まで出世した ゆぎんろう と言う人物がおりました。

彼は県知事に選ばれたものの病気の父親が気に掛かり、10日もたたないうちに辞職を決意、父の看病のために帰国したのでした。

父の元に戻った彼は、医師に病状や治療法を詳しく尋ねました。すると医師は、「最も良い方法は病人の便をなめてみることで、その味で容態を視、治療の方法を選ぶ」のだと教え、それからは父の便を検査することを第一としたのでした。

これにあわせ、毎日父の病気平癒を祈り続けたといわれます。

~彫刻(上段)は、病気平癒を祈っているところです。~

「母への孝養を怠らず」

宋の時代、四学士の1人と称され、文学に秀でた黄庭堅(おうていけん)と言う人がおりました。彼は哲宋・元宋の王に仕えて国史を完成させ、詩人としては「山谷」と号して活躍しました。また、州の長官に任ぜられ、後々までその名を残す良政を行った人物です。

彼が高官に出世し、使用人を使うようになってからも親孝行を怠らず、特に、老婆の用いる便器の始末は全て自分でやるといった具合で、一度もそれを使用人に任せることはありませんでした。

こんな人柄だったこそ、名を残し、後世に残る良政をしいたのだと伝えられます。

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