ホーム > 境内のご案内 > 舞殿 > 舞殿の彫刻「正面 左の彫刻」

舞殿の彫刻「正面 左の彫刻」

舞殿の彫刻「正面 左の彫刻」

今回は、南面(正面)左のお話です。上段「継母(はは)に尽くす」、下段の「みかんを懐にする」です。

「継母(はは)に尽くす」

孔子の弟子、閔子騫(びんしけん)は、孔子も彼を称えて「孝なるかな閔子騫」というほどの人物です。

周朝の時代のお話です。彼は幼くして母を亡くし、父の後妻と二人の異母弟とともに暮らしていましたが、継母は自分の子だけかわいがって騫にはつらく当たっていました。このことを気づいた父は、彼のために継母を離縁しようとしました。しかし彼は、自分が我慢すれば二人の異母弟は実母の手で育てられると、逆に父を説得して離縁を思いとどまらせ、いっそう継母と義弟に尽くしました。

その優しい心根が次第に継母にも通じ、暖かい幸せな家庭になったと伝えられます。

「みかんを懐にする」

後漢の頃、陸績(りくせき)別名を公紀という人のお話です。

彼が6才の時、九江というところの袁衡(えんこう)さんの家におじゃましたときの話です。おいしい沢山の「みかん」をごちそうになった彼は、お暇する際、懐の中へこっそりとみかんを二個隠しました。帰りの挨拶をしているとき、折悪しく、懐からみかんが転げ落ちてしまいました。袁衡は不審に思いそのわけを尋ねると、「あまりにもおいしいので病気の母にあげて喜んでもらおうと思って」と答えました。六才の幼児の母を思う心に袁衡はいたく感心したのでした。

因みに、陸績は大きくなってから立派な天文家になっています。

~この図は卓の上の みかんを挟んで二人が問答をしているところです。~

ページの上へ