ホーム > 境内のご案内 > 舞殿 > 舞殿の彫刻「北面 左の彫刻」

舞殿の彫刻「北面 左の彫刻」

舞殿の彫刻「北面 左の彫刻」

今回は、舞殿北面(御殿正面側)向かって左にある彫刻にまつわるお話です。上段「米を負いて親を養う」、下段「植木を三分する」

「米を負いて親を養う」

古代の中国、周の時代に、子路(仲田ともいう)という人がいました。彼の家は極めて貧しく、雇い仕事を探しては僅かな収入を得て、両親を養っていました。そんな生活を続けながらも、彼は学問が好きで、人の教えも良く聞きました。やがて、その優れた人品と学識は評判となり、楚国の王に見いだされて、官吏となることができました。こうして何不自由ない生活をすることができるようになったのですが、粗末な野菜の弁当をもって、親を養うために働き、遠い道を、米を背負って親孝行していた毎日を、終生忘れなかったということです。

~この図は、子路が米を負い運んでいる場面です~

「植木を三分する」

やはり、中国は古代、田真・田広・田慶という3人の兄弟の話です。この兄弟は豊かな家庭に育ちましたが、それぞれ譲り合いの心がありませんでした。親の死後、3人それぞれが遺産の取り分を主張し、全てを三等分にすることで、話をまとめました。最後に、植木1本がのこるだけとなったところで、3人はこの植木の所有までも主張しあい、夜を徹して論じあいました。結局、この植木も三等分しようということとなり、翌朝、植木の前にでてみると、樹勢はすっかり衰えてしまっていたということです。兄弟は顔を見合わせ、「さては、心のないはずの植木でさえも、切り裂かれることを悲しむのか」と初めて、自分たちの争いの浅ましさを恥じ、改心したということです。

~3人の兄弟が、1本の植木の所有をめぐり論じ有っている場面です~

ページの上へ