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本殿の彫刻「神功皇后(じんぐうこうごう)の図」

本殿向かって左の床の脇障子

今回と次回は、前回、前々回でお話しした拝殿の奥にあります、本殿の脇障子の彫刻です。今回が向かって左、次回は向かって右をお話ししましょう。

下の写真が向かって左の脇障子、神功皇后(じんぐうこうごう/息長帯比売命:おきながたらしひめのみこと)図です。

神功皇后の御子であり、後の応神天皇(おうじんてんのう)である品陀和気命(ほむだわきのみこと)を、建内宿禰大臣(たけのうちすくねおほおみ)が養育しており、その後で神功皇后が見守っている構図になっています。

本殿の彫刻「神功皇后(じんぐうこうごう)の図」」

タイトルにあります神功皇后とは、仲衰天皇(ちゅうあいてんのう/帯中日子天皇:たらしなかつひこのすめらみこと)の皇后であり、新羅(しらぎ)の国、百済(くだら)の国に渡り、新羅国を御馬甘(みまかい)、百済国を渡屯家(わたのみやち)と定めて還られたことで知られています。

王子(応神天皇)は神功皇后がお戻りのあと、筑紫の国(つくしのくに)でお生みになったと伝えられています。

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